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2013年5月25日 (土)

月を愛でる

2013/05/25

今日は月齢=満月ですが、家のベランダから見上げる空は曇天です。

昨夜、友人から「月がキレイだよshine」ってメールをもらい、早速空を見上げたら、まったくもって綺麗な「月」

このブログのタイトルに「月」が入っているのなら!!と写真を撮りました。

P1000168_convert_20130525082636

これだけだと、何を写したか微妙ですね。

P1000167_convert_20130525082446

自宅近辺の家屋を一緒に写すとこんな感じ。(あーなんかダメだ~)

ネットで探すとありました。5/24の月の記事。

 

富士山の頂上に月…「パール富士」を観察

 

                             

 

2013524()2219分配信 読売新聞

 

 

 

富士山の頂に現れた月(24日午後6時59分、静岡県富士宮市で)=吉川綾美撮影 [ 拡大 ]

 

 富士山の頂上に月が乗っているように見える「パール富士」が24日、静岡県富士宮市で観察された。

 

 パール富士が見られるのは満月の前後数日間だけ。この日は好天に恵まれ、観察ポイントでは写真愛好家ら30人以上が月の出を待ち受けた。撮影チャンスは1分足らずで、標高3776メートルの富士山頂から月が現れて輝き始めると盛んにシャッターを切っていた。

 

 毎月のように様々な場所からパール富士を狙っているという神奈川県藤沢市の自営業男性(64)は「昨日は見えなかったが、今日は朝から快晴で絶好の撮影日和でした。待ったかいがありました」と笑顔で話していた。

う・・・・写真はコピー禁止bearingなのでしょうか?。(撮影者名の次の「拡大」クリックで写真へ)

月に関する記事は、先週もありました。(日経2013/05/17 夕刊コラム あすへの話題)

国立天文台副台長の渡部潤一氏の文章から

「序文略・・・月の光に癒されるのは、古くから月を愛でてきた日本人独特の感覚なのだろうか。宵の月明かりは闇を照らす希望の光のようで、なんとなく気持ちも明るくなる。

 満月を過ぎ、光を失いつつある月は、上ってくるのが夜遅く、深夜になるという時間的な要素も相まって、心を落ち着かせるような輝きである。江戸時代までは、下弦過ぎの二十三夜や二十六夜、月の出まで寝ずに待って、上がってきた月を拝むという月待信仰が根強かったのも、深夜の落ち着いた月光に何かを託したかったのかもしれない。

 

 考えてみると、季節ごとや月齢ごとに、これほど多くの異なる名前の月を持つ国もないだろう。田毎の月(たごとのつき)、あるいは寒月など、眺める場所や季節感に絡めた名前も多い。歳時記などを紐解くと、これでもかというほど月の名を目にすることができるし、万葉集の時代から日本の詩歌や文学に数多く登場している。

 そして、その中に悪い意味として解釈されるものがほとんどないことは特筆すべきだ。西洋では、満月の強烈な光はオオカミ男をはじめ、人を狂気に誘う話が多い。英語のルナティックという意味は、狂気の、あるいは愚かななどという悪い意味で使われるのだが、日本ではそんな話は皆無に近い。

それだけ月にわびしさを感じ、愛でてきた証拠なのだろう。」

なるほど。・・・・私の感覚は非常にドメスティックで、このブログのタイトルは西洋の方々から見ると「ほとんど常軌を逸しているタイトル」であることが判りましたdown

ブログ村(病気ブログ)にエントリーしていることと合わせると、なんと、病気=心の病!!(゚ロ゚屮)屮 と思われかねない「かなりきわどいタイトル」ではあります。(が、もう今更変える気は、ナシ(面倒)。まあいいさpig

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